法人内研修の学びをご紹介する連載、第2回は「人権と尊厳」についてです。
研修の冒頭で、菊地先生はこんなお話をされました。自分の思ったことを自由に話す、好きな服を着る、好きな音楽を聴く、病気になったら医療を受ける――私たちが「あたりまえ」と感じているこうしたことは、すべて「人権」なのだ、と。世界に目を向ければ、それが当たり前ではない国や時代もたくさんあります。人権がきちんとある国・時代に生まれ、いま福祉の最前線に立っている私たちには、その当たり前を護る役割があるのだと教えていただきました。
そして先生は、現場で起こりがちな「実質的な人権侵害」について、具体的なお話をしてくださいました。とても考えさせられたので、二つご紹介します。
ひとつは、あるご利用者が「このお金は息子には知らせないでほしい」とおっしゃったときの話です。認知症もなく、しっかりとご自身で判断できる方が、「銀行は好かんから現金で持ってきた。事務所で預かってもらえないか。ただし、これは息子には内緒にしておいてほしい」と頼んでこられた。このとき、「ご家族に知らせないわけにはいきません」とお断りしてしまう職員は、実は少なくないそうです。けれど先生は問いかけます――その断る理由は、どこにあるのでしょうか、と。身元引受人であるお子さんは、法律上の保護者でも成年後見人でもありません。ご本人が「内緒にしてほしい」と望まれるなら、その願いを尊重するのが本来の姿のはずです。私たちは、つい「ご家族に」と考えてしまいがちですが、主役はあくまでご本人なのだと、はっとさせられました。
もうひとつは、もっと胸に迫るお話でした。ご高齢のご夫婦で、ご主人が施設に入所し、奥さまはご自宅で暮らしておられた。ところが、ご主人の入所中に、奥さまが亡くなってしまった。お子さんたちが来られて、「父はこの状態では葬式に出られないし、母が亡くなったと知ればショックを受ける。葬儀が終わって落ち着いてから自分たちで伝えるので、それまでは内緒にしておいてほしい」と相談された――。さて、私たちならどうするでしょうか。先生は、ここで静かに、けれどはっきりとおっしゃいました。長年連れ添った最愛の方が亡くなったことを、ご本人に知らせない権利が、はたしてご家族にあるのだろうか、と。きちんとお伝えし、できれば葬儀にも参列できるよう支える。ショックを受けられたら、そのときにそばで支えるのが、ご家族であり、私たちの役割なのだ、と。
施設は「集団生活の場」ではありません。これまで自由に暮らしてこられた方の、かけがえのない「暮らしの場」です。お一人おひとりが、その方らしく過ごせること。利用者の「あたりまえの暮らし」を護ること。それが、私たちのすべての仕事の出発点だと、改めて感じた時間でした。次回は、その尊厳を護る具体的な一歩――「言葉づかいとマナー」についてお伝えします。