お知らせ

2026年8月25日火曜日

第9回|学びを実践へ ― 私たちがめざす介護

 連載もいよいよ最終回です。最後は、研修全体を通して感じたこと、そしてこれからの私たちの想いをお伝えします。

菊地先生がひとつのエピソードを紹介してくださいました。お母さまを特養に預けたことを、ずっと心苦しく思っていた娘さんのお話です。その娘さんが面会に行くと、お母さまがうれしそうにこう話されたそうです。「昨夜、空気が乾いているなと思っていたら、ケアさんがタオルを濡らして干しに来てくれたの。そして部屋を出るとき、布団のずれを直したあと、『寒くないですか』と言いながら、足もとを軽くポンポンと叩いて空気を抜いてくれたのよ」。娘さんは、職員の気遣いはもちろん、何よりお母さまの笑顔がうれしかった、というお言葉をいただいたお話です。

この笑顔をつくったものは、何だったのでしょうか。先生は言います。この職員は、特別なことをしたわけではありません。タオルを干しに来たのもルーチン業務の一つだったのでしょう。ただ、この職員は布団がずれていることに気づき、気づいても見て見ぬふりをせずに直し、「寒くないですか」と一声かけ、冷たい空気が入らないようにそっと空気を抜いた――ただ、それだけのことです。けれど、その小さな心配りが、利用者を、そして遠くにいる娘さんまでも笑顔にした。「幸せの構図」を描けるのが介護なのだと、先生は教えてくださいました。

最後に先生は、「介護」という言葉の意味を示してくださいました。「介」は、心にかける、気にかけること。「護」は、まもり、かばい、たすけること。心にかけて護るためには、自分の何気ない言葉で人を傷つけてしまうことを、誰よりも恐れる人でいてほしい――そう語りかけてくださいました。

今回の研修を通して、私たちはたくさんのことを学びました。人権と尊厳を護ること。丁寧な言葉で向き合うこと。人生の最終章に寄り添うこと。学び続けること。車いすや食事介助といった日々のケアの基本を、根拠から理解すること。そして、職員が元気に働ける職場をつくること。どれも特別なことではなく、日々の小さな心がけの積み重ねです。けれど、その小さな積み重ねこそが、利用者お一人おひとりの幸せを形づくっていくのだと、改めて気づかされました。

研修で学んだことを、学びのままで終わらせない。明日からの現場で、少しずつでも実践していく。それが、講師の先生と、ここで暮らす利用者の皆さまへの、いちばんの恩返しだと考えています。

そして最後に。

私たちは、「誰かの大切な誰かを、安心してお任せください」と言える施設でありたいと願っています。同じ想いで介護に向き合ってくださる仲間との出会いも、心からお待ちしています。

2026年8月18日火曜日

第8回|働きやすい職場づくり ― 生産性向上への取り組み

 連載第8回は、「働きやすい職場づくり」についてです。

介護の仕事は、人にしかできない、とても価値のある仕事です。だからこそ、職員がその大切な仕事に集中できるよう、まわりの負担はできるだけ軽くしていきたい――研修では、そのための具体的な工夫をたくさん教えていただきました。

たとえば、記録です。利用者のそばにタブレットを置き、ケアをしたその場でボタンを押すだけで時間が自動的に記録され、計画書にも日誌にも反映されていく。話した言葉をそのままAIがまとめてくれる仕組みもあるそうです。これなら、後からメモを見返して書き起こす手間がなくなります。ほかにも、離れた場所ともすぐに連絡を取り合えるインカム、施設のなかを動いて配膳や運搬を助けてくれるロボット、夜勤の負担を和らげる高性能のおむつやエアマットレスなど、たくさんの道具が紹介されました。

また、会議のために全員が一か所に集まって行う会議は時間の無駄遣いであり、介護の現場から参加できるリモート会議に切り替えればよい。使わなくなった会議室を、職員がほっと一息つけるラウンジに変えた施設の例も教えていただきました。

そして先生が何度も強調されていたのは、「道具を入れるだけでは足りない」ということです。整理整頓や、ムリ・ムダ・ムラを見直す日々の積み重ねが土台になります。シフト表の作成や預り金の管理、書類の提出といった事務の仕事は、できるだけ事務部門が引き受け、介護職には「専門職にしかできない仕事」に集中してもらう。シーツや布団カバーの交換のように、工夫すれば分担できる仕事を見直すだけでも、現場はずいぶん楽になります。けれど、何よりの土台は――「介護の現場をよく知る職員を育て、長く働き続けてもらうこと」。それこそが、いちばんの生産性向上なのだと、先生は語られました。

私たちがめざすのは、効率化そのものではありません。職員が心と時間に余裕をもって、笑顔で利用者に向き合える職場です。働く人が大切にされる職場は、きっと利用者にとっても温かい場所になる。そう信じて、これからも環境づくりを進めていきます。次回はいよいよ最終回、研修の学びをこれからどう活かしていくか、私たちの想いをお伝えします。

2026年8月11日火曜日

第7回|食事介助のきほん ― 「座って、同じ目線で」が命を守る


 連載第7回も、現場の実務に直結する大切なお話です。テーマは「食事介助」。これは、利用者の命にかかわる、とても重要な内容でした。

研修で先生がはっきりと指摘されたのは、「食事中の窒息事故がなかなかゼロにならないのは、正しい介助の方法が伝わっていないからだ」ということです。裏を返せば、正しい方法を知り、実践すれば、防げる事故がたくさんあるということでもあります。

では、どこに落とし穴があるのか。先生が挙げられたのは、「立ったままの食事介助」でした。立って介助をすると、利用者は介助者の顔を見上げるかたちになり、自然と上を向いてしまいます。人は誰でも、ものを飲み込むときには、少し前かがみの姿勢になります。反対に、上を向いた姿勢では、食べ物や飲み物が気管のほうへ入りやすく、むせや窒息の危険が高まってしまうのです。

ここで、「では、立ったままでも下のほうから口へ運べばよいのでは」という疑問がわきます。けれど先生は、「それでもダメなのです」とおっしゃいました。利用者は、スプーンや箸ではなく、介助している人の顔を見ようとします。だから、介助者の顔の位置が高いと、やはり上を向いてしまう。つまり大切なのは、介助する私たちが「座って、利用者と同じ目線の高さになる」こと。そして、まっすぐ口の前から、ゆっくりお口に運ぶこと。しっかり噛んで飲み込まれたのを確かめてから、次のひと口をお出しすることなのです。

このお話には、心が温まる続きがありました。ある施設に、背の高い職員がいて、椅子に座っても、小柄な利用者と目線が合わないことに悩んでいたそうです。その職員は、自分でホームセンターへ行き、ちょうどよい高さの低い椅子を見つけて買ってきた――。「なぜそうするのか」という理由を理解すると、人は自分で工夫しはじめます。先生は、「介護の方法の意味や根拠を理解することで、自分で考えて改善できるようになる。だから介護の仕事が面白くなり、長く続けられるのです」と語られました。

ほかにも、車いすのフットレスト(足置き)の位置によって足が前に出すぎると、前かがみになれず食べづらくなること、食事介助の手順は「準備・介助・口腔ケア」まで一枚にまとめると現場で使いやすいこと(長すぎるマニュアルは読まれず、覚えられません)など、すぐに役立つ知恵をたくさんいただきました。

食事は、一日のなかの大きな楽しみであり、同時に、命にかかわる場面でもあります。「座って、同じ目線で、まっすぐに」。この基本を全員で大切にし、安全で、おいしく、笑顔になれる食事の時間を守っていきます。

次回は、職員が長く元気に働ける「働きやすい職場づくり」についてお伝えします。

2026年8月4日火曜日

第6回|車いすは「移動の道具」 ― 正しく使う、という気づき


 連載第6回からは、現場の実務に直結するお話です。今回のテーマは「車いす」。

菊地先生は、開口一番こうおっしゃいました。「車いすを、いまだに『座る道具』だと思っていませんか」。車いすは、本来は人を運ぶための――つまり「移動のための道具」です。長い時間、心地よく座っていただくことを目的には作られていません。

その理由を、先生は分かりやすく説明してくださいました。車いすの座面に張られている布(スリングシート)は、使わないときに折りたたんで収納できるよう、薄い一枚布でできています。一方で、私たちが普段すわっている椅子を思い浮かべてみてください。クッションの下には、必ず硬い板のような面があります。その硬い面があるからこそ、体重がうまく分散され、お尻が痛くなりにくいのです。ところが、車いすの一枚布は、お尻に張りつくように沈みこんで、体重を分散してくれません。そのため、長く座っていると、お尻が痛くなり、かなりの苦痛にもなってしまうのです。

では、私たちは何を変えればよいのでしょうか。まず大切なのは、「車いす=移動のための道具」と意識を切りかえることです。移動が終わったら、できるだけ早めに、しっかり体を支えられる椅子やソファに座り直していただく。やむなく長い時間車いすで過ごす場合には、体重を分散するクッションを使ったり、姿勢が崩れていないかこまめに確認したり、座り直しのお手伝いをしたりする。どれも特別な道具がいるわけではなく、「知っているかどうか」で、明日からすぐにできる工夫ばかりです。

何気なく使っている車いす一つにも、お一人おひとりの体と心地よさを守るための「理由」があります。その理由を知ることが、よりよいケアへの第一歩になる。そう教えていただいた時間でした。次回は、同じく現場の実務から、「食事介助のきほん」についてお伝えします。

2026年7月28日火曜日

第5回|学び続ける ― これからの介護と、必要な医療の知識


 

連載第5回は、「学び続けること」の大切さについてです。

前回も少し触れたように、入院できる期間はどんどん短くなり、治療を終えた方が早めに暮らしの場へ戻ってこられる時代になりました。これはつまり、私たち介護の現場にも、これまで以上に基礎的な医療の知識が求められるようになってきた、ということです。研修では、高齢の方に多い病気を例に、現場で知っておきたい「基本」を教えていただきました。

たとえば、心不全です。心不全は、一度発作を起こすと、心臓の働きが完全には元に戻らないといわれます。だからこそ、弱った心臓に負担をかけすぎないことが大切で、特に「塩分」と「水分」のとり方に気をつける必要があります。先生は、「健康な方と同じように、とにかくたくさん水を飲んでもらえばよい」という思い込みの危うさを指摘されました。良かれと思って一律に水分を勧めることが、かえって心臓に負担をかけてしまうこともある、と。体重が増える、むくみが出る、息切れがする――そんなサインに早く気づき、看護師や医師、ケアマネジャーへつなぐこと。そして、つらそうにしている方には無理に歩いていただかず、そっと休んでいただくこと。その小さな判断の積み重ねが、利用者の安全を守ります。

もうひとつ教えていただいたのが、糖尿病です。食事制限をされている方を見て、「他の方と同じものを食べられなくて、かわいそう」と感じてしまう――そんな優しさが、実は危険につながることがある、というお話でした。糖尿病は、ただ尿に糖が出る病気ではなく、血糖値をうまく調整できなくなる病気です。高い血糖の状態を放っておくと、血管が傷み、やがて深刻な合併症につながってしまう。だからこそ、血糖値を管理し、それに基づいた食事をきちんと続けることが、その方の体を守ることになるのです。「かわいそう」という気持ちの奥にある本当の優しさは、ルールを守って差し上げることなのだと、考えさせられました。

なかでも心に残ったのは、「知っているからこそ、適切に関われる」ということ。知らないままの「よかれと思って」が、思わぬリスクにつながることもある。だからこそ、私たちは学び続けなければならないのだと、気が引き締まりました。網走福祉協会では、こうした学びの機会をこれからも大切にしていきます。職員一人ひとりが知識を更新し続けることが、利用者により安心していただける介護につながると信じています。次回からは、現場ですぐに活かせる「介護の実務」のお話を続けます。まずは、意外と知られていない「車いす」の正しい考え方についてお伝えします。